2018年度には、データの保護と活用の法的な枠組みを強化するために不正競争防止法が改正されることが予想されます。この改正は、現行法に定める「営業秘密」の枠に収まらないけれども無制限にオープンではない(例えば商取引の対象にされるような)データの扱いを主な対象にするもののようです。一方、現行法の営業秘密に関する最近の裁判例として、懲戒解雇された元従業員による技術情報の持ち出し事件の一審判決(2017年10月)が報じられました。
この事件の原告は水道設備や工業用途にアルミニウム化合物等の原料や素材を供給する化学メーカで、金属加工の仕上げ工程等に用いられる高強度アルミナ長繊維及びその応用製品(例えば研磨ツール)の開発・製造販売を主力事業の一つとしています。被告はアルミナ長繊維の開発を担当していた原告の元従業員で、原告の有する営業秘密の不正取得等を理由に懲戒解雇されました(2013年6月、なお被告は当時原告在籍のまま協力会社へ出向中の身分)。
事実関係についても原告と被告の間で争いがありますが、裁判所の認定に従えば次の通りです。被告は2013年4月に、原告工場内の協力会社の事務室内の共用ファイルサーバから、業務用に付与されたPCを介して、原告の技術情報(アルミナ繊維原料リスト、研磨ツールの規格・図面、それらの原価計算試料等)を私用媒体(USBメモリ及びHDD)に複製した。被告は、営業秘密の不正取得を理由として2013年6月に原告から懲戒解雇された後、原告の競合企業に協力している(本人及び子女が競合企業で勤務している)。原告は2014年に、被告を相手として営業秘密の使用・開示の差し止め及び返還等を求める仮処分を申し立て、これを認める旨の決定を得た。原告は以上の経緯を受けて、被告に対して、営業秘密の使用・開示の差し止め、営業秘密に係る電子データとその複製物の返還、さらに損害賠償を求める訴えを提起したという次第です。
裁判所は上記の事実関係を概ね原告の主張通りに認めたうえで、以下の3つの争点について判断を示しています。
(1)被告の行為は、営業秘密を「不正の利益を得る又は保有者に損害を加える」目的で使用し又は開示する行為(不正競争防止法2条1項7号)に該当するか。
(2)被告が持ち出した技術情報は、不正競争防止法にいう「営業秘密」に該当するか。
(3)被告は、営業秘密に係る電子データとその複製物の返還義務を負うか。
これらのうち(1)については、被告がかねて共用ファイルサーバから業務用の外付けHDDにダウンロードしておいたデータを、わざわざ休日に出勤して業務用のPCとHDDを社内LANから一時的に外した状態でUSBメモリに格納したこと、その後に業務用HDDのデータを後で復元・解析できないように異例の長時間をかけて消去したこと、それらの発覚の前に自ら退職を申し出たうえ、競業避止義務等を内容とする誓約書への署名を拒んだこと、その後競合企業において勤務し研究室の提供を受けるという特別な関係にあること、等を総合して、被告が予め競合企業への転職をにらんで原告の技術情報の持ち出しを図り、競合企業もそのことを認識したうえでこれに応じたものと結論付けました。
(2)について裁判所は、周知の「営業秘密該当性」の3要件(秘密管理性、非公知性、有用性)それぞれに対して検討しています。このうち「秘密管理性」については、事務室の管理状況、共用ファイルサーバ及び各構成員の業務用PCを接続するLANシステムの状態、アクセス制限の状況、データへのアクセスやIDとパスワードの管理等の事項を含めて各従業員に徹底を図る秘密管理規定及び誓約書の存在等を考慮して、原告の主張を認めました。社内の共用ファイルサーバに営業秘密情報を格納した場合の秘密管理性の点で、参考になる事例といえます。このほか、非公知性については取引先もそれらのデータを公開情報として扱った証拠はなく、有用性については高強度アルミナ長繊維の生産者が世界的にも原告を含む3社に限られると共にそれらのデータが開発・製造の担当者によって日常的に使用されてきたこと等を理由として、原告の主張を認めました(この項続く)。