国際特許出願の最初の段階(国際段階といい、翻訳等をまだ行っていない。)だけをとっても、印紙代を中心に30万円超の費用がかかります。先へ進んで各国の審査へ移行すると、翻訳費用、各国の代理人費用と印紙代が発生します。
海外で特許を取るには、国際特許出願(PCT出願)以外に、特許を取りたい国にそれぞれ個別に出願するという方法もあります。この場合も、日本国内の特許出願をベースにして1年以内に「優先権主張」をともなって行うのがふつうです。やはり翻訳費用、各国の代理人費用と印紙代が発生します。しかし、PCT出願のように国際出願の段階でかかる費用はなくて済むため、単純に費用計算するとPCT出願ではなく初めから各国に出願する方が費用を抑えられることになります。実際、特許を取りたい外国の数が少ない(例えば1国か2国)ならば、この方法がとられることが多いようです。
ではPCTの利点は何か考えてみると、第一に期間の余裕が生まれ、第二に国際調査というサービスを受けられるということが挙げられます。PCT出願によらずに優先権主張して外国に出願する場合、日本の出願日から1年以内に翻訳文を準備して外国の代理人を通じて出願します。これらの費用負担はいずれも軽くありません。
一方、PCT出願では、日本の出願日から2年半以内に翻訳文を準備して各国へ国内移行の手続をします。それ以前に(PCT出願後3か月程度で)国際調査の結果も出ており、必要があれば補正をしておくこともできます。つまり、お金のかかる翻訳を頼む前に出願内容の質を高めたり、どの国の移行手続へ進むかよく考えたりする時間的余裕が生まれます。これは、国際的な事業展開を視野に入れた重要技術の特許出願についてはかなりたいせつなポイントになります。
国際調査は、日本からのPCT出願の場合はふつう日本特許庁によって行われます。「国際調査」の建前としては海外の文献も引用されるように思えますが、実際には海外文献の引用は稀のようです。しかし国内文献の引用しかなかったにしても、その後の方針決めにとって非常に重要な材料になります。国際調査報告(及び同時に出される見解書)自体は、各国の特許審査に対してなにも拘束力を持ちませんが、各国の審査官はこの報告と見解書を当然に参照しますから、出願人もそのつもりで読む必要があります。
この報告と見解書は、多くの場合、調査で見つかった文献を引用して、「新規性がない」(例えば、文献1に同じことが書いてある。)とか、「進歩性がない」(例えば、文献2と文献3に書いてあることを組み合わせれば簡単にできる)とか指摘してきます。その点は、日本国内の特許出願に対する拒絶理由通知と同じです。
ベースにした日本の特許出願について、早期審査の結果がすでに得られていれば、それを国際調査に活用してもらうことができます(このときは、請求すれば国際段階の印紙代のうち調査手数料の一部(28,000円)の返還が受けられます。)。日本で特許査定済みならば、国際調査でほかの文献を新しく引用されることはあまりありません。
しかし多くの国際特許出願では、出願のときに日本での審査結果がまだ定まっていません。出願人はたいてい出願前に類似の先行技術を調査しますが、費用の問題があるのでそれほど徹底的な調査は期待できません。したがって、日本での審査結果もわかっていない時点での国際調査報告は、極めて重要な情報を与えてくれます。
国際調査報告とそれに引用された先行技術文献をよく読んで、審査官の主張を吟味します。思いもかけない文献に類似の技術内容が書かれていたということは、よくあります。しかしそうであっても、自分の特許出願の一部を補正(たいてい権利範囲を縮める方向に変えます。)すればクリアーできる場合もあり、審査官の主張には誤解があると判断できる場合もたまにはあります。
ここでどう判断するかが、国際特許出願の分かれ道です。国際調査報告自体には拘束力がなくても、出願人にとっては、ここからさらに費用をかけて前に進むか進まないか、進むとしてもどの程度の補正をするか、特許化の成功の可能性をどの程度に見積もってどの国とどの国に国内移行するか、意思決定が必要です。日本の特許出願が未審査ならば、審査請求するかしないかの判断にも影響します。ここで行う意思決定をすべての手続に一貫させることも重要です。国際調査の結果から特許化の見込みが乏しいと判断したら、国際出願の補正もしないし、日本の国内出願の審査請求もしないことが得策です。