中小企業が独自の技術を製品化して新たな市場を開拓したり、研究者や学生のみなさんが研究開発の成果を活用してベンチャー企業を立ち上げたりするのに、特許は欠かせない条件のひとつです。すぐれた新製品であっても特許(またはその他の知的財産権)で守られていなければ、たちまち模倣者が現れて市場シェアを奪われ、価格競争のドロ沼に落ちてしまいます。
さらに今日では、市場が国境をまたいで形成される一方、情報もネットを通じて瞬時に世界各地に伝わるため、模倣者が世界のあちこちに現れる可能性があります。これに備えるには、特許やその他の知的財産権を日本国内のワクの中で考えるだけでは済みません。
しかし、特許などの知的財産権は、一般に中小企業・ベンチャー企業にとっては敷居が高いという印象があるようです。その要因は大きくは3つ、第1に制度の仕組みが複雑で、どこから手をつけたらよいか、いつ何をすればよいか等々がわかりにくい。第2に特許をとるまで何年も時間がかかる。第3に何十万円という桁で費用がかかる、であろうと思います。
実は、仕組みが複雑で手間と時間と費用がかかるのには、それなりの理由があります。せんじ詰めれば、特許などの知的財産権は「自由主義の大原則(独占の禁止)に対して設けられた例外」であって、例外として認められるためにはそれなりの中身と手順が求められるというところでしょうか。
とはいえ、中小・ベンチャー企業の経営者・技術者にとっては、そのような敷居が低いに越したことはありません。厳しい競争の中で、自社のたいせつな独自技術を一日でも早く、しかもできるだけ費用を抑えて特許として守れるようにしたいとお考えのはずです。特許制度や行政サービスを細かく見ていけば、そのような中小・ベンチャー企業のニーズに応えるための仕掛けがいろいろとあります。また、大企業に比べれば一般にビジネスの範囲が狭いので、権利範囲を欲張らずに合理的な出願戦略をとることが多くの場合低コストでの成功につながります。
わりにこなれた技術を使いながら、製品としては従来にない特徴を持つものがあります。そのような場合は、無理に一般化又は抽象化(知財の言葉では「上位概念化」といいます。「自転車のサドル」を「自転車部品」に置き換えるのが一例です。)することを避け、製品や製法の具体的な中身に寄り添った形で請求項を記述することが効果的です。権利範囲を欲張らず、初めから製品の具体的な形に即して請求項を書きます。
特許の世界では、出願の時点では請求項の記載をできるだけ上位概念化して広い権利範囲の獲得を狙い、特許庁から拒絶理由がきたら限定を加える補正を行ってそこそこの権利範囲に収める、という作戦が定石とされています。
しかしながら、出願人が中小企業やベンチャー企業の場合で、小さなマーケットで地道に稼ぐ(ただしスピード感を持って)ことを狙う場合には、定石が万能といえないことがあります。特にベースになる要素技術自体がわりに知られている場合だと、上位概念化には限界があります。しかも、仮に広い権利範囲をとれたとしても、中小・ベンチャー企業の身の丈をはみ出すような権利範囲にどれほどの実利があるか、考える必要があります(机上の話としては大企業へのライセンスアウトがありますが、現実にはそう簡単とは思えません)。
中間処理(特許庁からの拒絶理由通知に対する応答手続)の場面でも、出願のとき請求項の範囲を広げるほど、引用例(似たような技術を記載した先行技術文献。多くは特許の公報)を多数ぶつけられて、その応答に要する時間とコストが大きくなります。ニッチ市場で脚の短い(回転の速い)ビジネスを意図している中小・ベンチャー企業には、向かない選択肢です。使い勝手のよい権利を早くとってビジネスに活用するために、合理的な出願戦略をとることが求められます。