米国特許商標庁(USPTO)の「特許適格性に関する暫定的ガイドライン」には、Alice判決を含む適格性判断の判例に基づくフローチャートが示されています。
 ステップ1では、判断の対象である請求項(クレーム)が「方法(process)」、「機械(machine)」、「製造物(manufacture)」又は「組成物(composition of matter)」のうちどれかに当るかどうかを判断します。この判断が”NO”であれば特許不適格とされますが、このステップではじかれることはほとんどないでしょう。
 次のステップ2Aでは、請求項に記載された発明が、自然法則、自然現象又は抽象的アイディアに対して特許を求めるものではないかどうかを判断します。この判断が”NO”であれば、特許適格性についてはパスしたことになります(特許されるか、又は特許として有効かどうかは、さらに公知文献と比較しての新規性や進歩性の判断によります)。
 ステップ2Aで”YES”と判断されると、次のステップ2Bで、発明を自然法則、自然現象又は抽象的アイディアを十分に超えるものにする付加的な要素が請求項に含まれているかどうかを判断します。この判断が”YES”であれば、特許適格性についてはパスしたことになります。
 なにが自然法則や抽象的アイディアでなにがそうでないか、またどんな付加的な要素があれば発明が抽象的アイディア等の範囲を超えるのに十分か、ガイドラインが明確な基準を示すわけではありません。そこで審査実務上も裁判でも、似たような事案の裁判例を持ってきて判断することが行われます。ガイドライン自体も、その後の裁判例が増えるのに従って増補版の追加が行われています。
 抽象的アイディア等に対する付加的要素の参考例としてよく取り上げられる裁判例の一つに、「ゴムの成型プレス方法事件」(権利者側の名をとってDiehr事件とも呼ばれる)があります。この特許は1982年登録の古いものですが、特許適格性の判断の事例としてはいまだに現役のようです。請求項1の内容をかいつまんで示すと、次の通りです。
・コンピュータを利用してゴムの成型プレスを行う方法で、
・成型プレスに必要なパラメータを含むデータベースをコンピュータに持たせ、
・プレス機を閉じてからの経過時間を測ると共に型の温度を計測してコンピュータに入力し、
・パラメータ及び温度からアレニウスの式を用いて成型後の養生の所要時間を算出し、
・経過時間が所要時間に一致したとき自動的にプレス機をオープンにする。
 ここでは技術的な詳細には立ち入りませんが、アレニウスの式というのはスウェーデンの科学者アレニウスが見出した温度と化学反応の速度との関係を表す式です。
 この請求項1についてガイドラインが示すステップ2Aの分析は、
(1) アレニウスの式のような数式は自然法則で、その演算は抽象的アイディアである。
(2) 所要時間の算出や経過時間の測定は、単に人間の知的活動をコンピュータ処理に乗せただけの抽象的アイディアである。
 ということで、ステップ2A:”YES”と判断されます。
 そこでステップ2Bに進むと、請求項1は全体として、一般的にアレニウスの式を計算するわけではなくその考え方を成型プロセスに組み入れたものであって意味のある限定を付しており、成型プロセスを通して加工前の材料を別の状態のものに変えるという特徴が抽象的アイディアの範囲を超えるのに十分と判断されます。
 多くの審査官はこのDiehr事件を参考にする場合、
(1) コンピュータを利用するプロセスを、抽象的アイディアであろうと疑う。
(2) 何らかの数式に基づくプロセスを、抽象的アイディアであろうと疑う。
(3) 上記(1)(2)の心証を覆す材料を見つけなければ、ステップ2A:”YES”と判断する。
(4) 発明の効果(日本式にいうと産業上の利用可能性)の面に着目して、何らかの産業上意味のある効果を生み出す目的・用途に限定しているかどうかで、ステップ2Bを判断する。
 という思考過程をたどるようです。そしておそらく、第1段階としては拒絶理由を通知して出願人の反応を待つ、という姿勢をとり、抽象的アイディアではない証拠や抽象的アイディアの範囲を超える付加的な要素を積極的に探すことはしないように思われます。