クラウド会計サービス事件の訴訟物である原告F社の特許第5503795号の請求項1は、クラウドコンピューティングによる会計処理を行うための会計処理装置(実際にはサーバとクライアント端末がウェブで連結されたシステム)についての発明で、サービス提供者が以下の構成要件を備えたウェブサーバによってサービスを提供するというものです。

(1) ウェブ明細データ(聞き慣れない用語ですが、クライアントがウェブを介してサーバに入力した取引明細のデータと理解されます。)を取引ごとに識別する。これは、会計ソフトが取引ごとに通し番号をふるのと同じでしょう。
(2) 取引ごとに勘定科目に自動仕訳する。この際、サーバのソフトウェアが、取引明細中のキーワードと勘定科目を対応づけた対応テーブルを参照します。キーワードとしては、例えば取引に係る品目名、相手方の社名等が考えられます。品目名を「プリンタ用紙」とする取引を、「経費(消耗品費)」の勘定科目に自動で仕訳するようなことと理解されます。
(3) 日付、取引内容、金額及び勘定科目を少なくとも含む仕訳データを作成する。自動で作成される勘定科目以外は、人手による入力を想定したものと理解されます。
(4) 作成した仕訳データをサーバからクライアント端末に送り、クライアント端末のウェブブラウザ上に仕訳処理画面として表示する。仕訳処理画面は勘定科目変更のメニューを有する(つまりサーバによる自動仕訳をクライアントが人手で修正できるようにしてある。)。

以上の構成要件のうち、「対応テーブルの参照」については、取引明細中の複数のキーワードに対しては「キーワードの優先ルール」を適用し、優先順位の最も高いキーワードにより対応テーブルを参照するという限定があります。具体的にはどういうことか明細書の段落「0057」を読むと、キーワードの分類(品目、取引先、ビジネスカテゴリー、グループ名、商業施設名)にしたがってこの順序で優先順位を割り当てることが記載されています。例えば「モロゾフ JR大阪三越伊勢丹店」という記載を含む取引明細では、最も優先度の高い「品目」を示す「モロゾフ」に対応づけられた「接待費」を選ぶという例で説明されています。

結局のところこのサービスでは、簿記会計の入力操作で唯一アタマの使いどころである勘定科目の仕訳について、システムが自動的に第一候補を推薦してくれるという点に特徴があります。その第一候補に対して、人手で修正をかけられるようにしてありますから、いわば半自動の勘定科目仕訳機能です。

このシステムの勘所は「対応テーブル」にあるようなので、その対応テーブルをどうやって作るのか、実務的には重要です。原告特許の明細書の段落「0047」によれば、企業間の取引が複雑な大企業ではこのような対応テーブルの作成は不可能だが、企業間取引の入り組んでいない中小企業及び個人事業主ならば可能だと記載されています(どの程度の企業規模以下ならば可能なのか、は不明です。)。この記載から、対応テーブルの少なくとも初期データは人手の腕ずくで入れることが意識されていたようです。いったん初期データを入れた後は、人手による修正結果の蓄積や表記ゆれの補正などで自動化イメージを高めるお化粧はされているようですが。

さて、一方の被告M社のクラウド会計サービスは、上記の構成要件(1)、(3)及び(4)を備え(当事者間で争いがない。)、さらに自動仕訳の機能も備えていますが、被告サービスの自動仕訳の仕組みが上記(2)及び「優先ルールの適用」に当てはまるかどうかが、重要な争点になっています。被告は、自社サービスの自動仕訳が機械学習により実現されたもので、原告特許の対応テーブルに相当する構成を含むものではないと主張しました。具体的には、「これまでのサービスの提供を通じて自らが保有する莫大な数の実際の仕訳情報の中から抽出した膨大なデータを,学習データとして利用することで(すなわち,既に正解が判明している大量の取引データをコンピュータに入力して学習させることで),新たな取引についても,より高い確率で適切な勘定科目に仕訳することができるようなアルゴリズムをコンピュータに自律的に生成させ,これを本件機能に用いている。」との主張です。

原告特許には「機械学習」の文言はありませんが、文言の有無だけで判断するわけにもいきません。「機械学習」(又は「AI」)といっても多様な方法があり、被告がどの方法をどのように使用して、それらが原告特許の構成を充足するかしないか、中身に踏み込んで分析することになるわけです。(この項続く)