いわゆるクラウド会計サービス事件とは、クラウド型会計ソフトの自動仕訳機能に関する特許(第5503795号)の特許権者である原告F社が、自動仕訳機能を備えたクラウド型会計ソフトのサービスを提供する被告M社の特許権侵害を訴えた事件です。一部では「フィンテック特許」の裁判といわれ、さらに機械学習に関連する司法判断のケースとして注目されました。

余談ですが、「フィンテック」の定義をウェブ上で検索すると、概ね「ICTを駆使した革新的(innovative)、あるいは破壊的(disruptive)な金融商品・サービスの潮流」といったくらいの意味で利用されている1)という当りに集約されそうです。原告特許権に係る自動仕訳機能とは、1件ごとの取引情報に記載された相手先や場所の情報からテーブルで対応づけられた勘定科目に自動で仕訳するという機能で、コンピュータを使うという意味でICT技術のうちに入るとしても、金融商品・サービスとは到底いえません。現時点で一般的と考えられる「フィンテック」への理解を前提にすれば、自動仕訳に関する特許まで「フィンテック特許」と呼ぶことには違和感があります。
1) http://www.fujitsu.com/jp/group/fri/businesstopics/fintech/definition/

裁判の経緯を簡単におさらいしておきます。原告特許権は2014年3月に登録されています。被告は2016年8月に、自動仕訳機能を備えたクラウド型会計ソフトのサービス提供を始めました。被告サービスが原告特許権を侵害すると考えた原告は、2016年9月に被告に対して警告書を送り、2016年10月に訴訟を提起しました。

原告は2017年4月に、被告がもう一つの自動仕訳機能に関する原告特許(第5936284号)を侵害するという追加的主張を試みましたが、裁判所は「時機に遅れた攻撃又は防御方法の提出」であるとして却下しました。これは民事訴訟法の規定で、原告・被告の主張が整理されて証拠調べや証人尋問が一通り済んでいるのに,その後になって別の争点や証拠を持ち出すことは認められないというルールです。

結局、2017年7月に一審判決で請求棄却(原告敗訴)となり、被告が控訴を見送って判決が確定しました。この裁判での主な注目点は、機械学習の技術を含むか含まないかによって特許権侵害の有無が判断された点です。そしてもう一つは、原告の2つめの特許権(機械学習を含む)侵害の主張がもし時機に遅れなければ、裁判の帰趨は変わっていただろうかという可能性の有無です。

「IoTで集めたビッグデータをAIで分析し、生産性向上や新付加価値の創出を実現する」という公式で語られるビッグデータ時代(又は第4次産業革命)の波は、ICT業界に始まってリアルの産業分野にもかなりの速度で浸透しつつあり、それが立法や行政の動向に反映されて関連する法制度の整備が進みつつあることに、これまで触れてきました。同じ波が司法の場にも影響してくるのは確実ですが、事例数はまだそう多くありません。クラウド会計サービス事件を例にとって、引き続き考えてみます。(この項続く。)