「データ」と「企業間」の2語をキーワードに、2000年以降出願の日本の登録特許を検索すると、36件がヒットしました。その4分の1に当たる9件の出願人・権利者が、日立グループ(日立製作所及びグループ企業)に属し、他の日本企業(1社当りせいぜい1~2件)との差が顕著です。同グループが、企業間にまたがるような情報インフラに関わるサービスの提供に注力していることの反映とも解されます。
この稿では、個別特許の中身(とくに、課題を解決する手段)に立ち入ることはしませんが、それぞれの特許が「解決しようとする課題」は、企業間のデータ連携を図る上で技術的な課題として認識された事例を表しています。そこで、相対的にサンプル数の多い日立の特許を題材にして、「企業間のデータの共有・利活用を図る上でどんなものが技術的な課題と捉えられてきたか」を考えてみます。
題材にした日立の特許から選んだ技術課題は、登録の新しい順に以下の通りです。
(1)インターネット上のBtoBプラットフォームにおける企業間取引(製品の設計、販売、生産、調達、支払等)と、その後の決済に伴う銀行取引との間で有為な連携がなく、エビデンスの確保や決済業務の効率化が不十分である(特許5927304号)。
(2)企業間の受発注や決済を行うシステムが複数あるとき、あるシステム中の情報の変更(例えば部品に関する)を他のシステムに転送する場合の作業負荷を無視できない(特許5636394号)。
(3)発注者、1次取引先、2次取引先が共通に利用する電子取引のプラットフォーム上では、2次取引先が1次取引先から権限を付与されないうちは利用できないとか、2次取引先に見られては困る価格情報が見られてしまうとかの不都合がある(特許5331848号)。
(4)国際的な電子商取引のネットワークにおいて、例えば数値のように国や地域によって異なる表記法で表される情報の表記を統一したい(特許5022985号)。
(5)サプライチェーンを構成する複数の企業間でトレーサビリティ情報を一元管理することが(手間や企業秘密等の理由で)難しく、そのためどこにどの情報が存在するかを把握することさえ難しい(特許4912848号)。
(6)サプライチェーンを構築するに当り、その効果を物流と商流の(モノとおカネの)両面から事前に評価する手段がない(特許4134508号)。
このうち(4)を例に考えてみれば、同じ社内でさえ部署が違えば用語の意味や理解が違うということは起こりかねません。同一の社内であれば社内標準を設け、時間をかけて徹底させることにより用語や仕事のルールを定めていくことができますが、歴史や企業文化を異にする企業どうしの連携体においてはより大きな困難が予想されます。
用語や表記の統一でさえそれほど簡単ではないと考えられるところ、例えば複数のシステム又はネットワーク間の連携を図る(上記(1)、(2))とか、ネットワーク参加者の立場に応じて権限やアクセス可能の範囲を適正化する(上記(3)、(5))などの課題は、解決にかなり骨の折れることが予想できます。”Connected Industries”のコンセプトはよいとして、コンセプトを具体化しコネクションに裏打ちされた付加価値を生み出そうとすれば、前提となるコネクション自体が確立されている必要があります。
「ものづくり補助金」の「企業間データ活用型」は、「複数の中⼩企業・小規模事業者が、事業者間でデータ・情報を共有し、連携体全体として新たな付加価値の創造や生産性の向上を図るプロジェ クトを支援」するものと位置づけられています。このタイプの補助事業は、データ・情報を共有するインフラ自体がすでに整っていればそのインフラ上での付加価値創出に全力を注げますが、インフラが未完成の段階から着手するのであれば、全体の見通しやリソース配分を慎重にみきわめる必要がありそうです。補助事業の中でインフラ作りから始めたのでは、時間もおカネも間に合わない可能性さえ考えられます。多くの中⼩企業・小規模事業者に(他の補助金より比較的低いハードルで)門戸を開いてきたこれまでの「ものづくり補助金」とは、かなり毛色が違うように思われます。