審査官の「抽象的アイディアに過ぎない」という判断は、「ステップ2A:YES」(請求項は抽象的アイディアの範ちゅうに属する)と「ステップ2B:NO」(抽象的アイディアの範ちゅうを超えるのに十分な付加的要素を含まない)のANDをとってなされています。これに反論するには、
(1)「ステップ2A:NO」(請求項は抽象的アイディアの範ちゅうに属さない)、かつ
(2)仮に(百歩譲って)抽象的アイディアの範ちゅうだとしても「ステップ2B:YES」(抽象的アイディアの範ちゅうを超えるのに十分な付加的要素を含む)
ことを主張する必要があります。
これらの主張を裏付けるため、「ステップ2A:NO」及び「ステップ2A:YESではあるがステップ2B:YES」を認定した裁判例の中から、拒絶理由を受けた請求項に当てはめやすいものを探しておきます。例えば「ステップ2A:NO」を認定したものとして、Enfish, LLC v. Microsoft Corp.や、McRO, Inc. v. Bandai Americaが挙げられます。
Enfish事件で適格性が争われた請求項は、相互にリレーションを定義した複数のテーブルにデータを収録する従来のデータベース構成にかわり、一つのテーブル内でデータの収録を完結させることのできる(自己参照型の)コンピュータメモリの構成方法に関するものです。問題にされた点は、自己参照型のテーブルがコンピュータの能力を改善するのか、又はコンピュータを単なるツールとして用いるだけかという判断です(後者ならば抽象的アイディアだとされる)。
この判断で決め手になったのは、従来型のデータベースと比較してフレキシビリティが向上するとか、検索の高速化とか、メモリの所要サイズの減少などの効果が、明細書に記載されていたことです。また、そのような改善が物理的な要素に関連していることが必須というわけではなく、論理的な構成やプロセスの改善によって定義されてもよいとされました。この事例からは、従来技術と比較した発明の効果を、できる限り具体的に明細書に記載しておくことが重要といえそうです。
McRO,事件で問題になったのは、アニメーションのキャラクタの表情(口の動き)を生成するのに、従来はアニメータが人為的に行っていたパラメータ設定をあるルールに基づいて自動化するという発明の請求項です。この事例でも、そのルールによって従来は自動化できなかったプロセスをどのように自動化するかを説明した明細書の記載から、抽象的アイディアではないと判断されました。
「ステップ2B:YES」の事例としては、前回に見たDiehr事件が挙げられます。数式の応用とかコンピュータの利用そのものを権利請求しているわけではなく、何らかの実体的な産業分野への応用(例えばゴムの成型)を権利請求するのだということが示せれば、「ステップ2B:YES」が認められる可能性があります。
厄介なのは、特許商標庁の審査官は最初の拒絶理由通知(オフィスアクション)を打つまで上記のような検討をしてくれないということです。コンピュータが主要な役割を占めたり、数学的な手法を用いたりする発明は、それだけで「特許適格性を欠く」という拒絶理由通知を受けると思ってまず間違いありません。つまり、上記のような検討に基づく主張を出願人自身がしなければならず、米国代理人に(実質的な仕事は取り次ぎだけだとしても)高い手数料を支払わなければなりません。いま米国出願を考えるのであれば、日本出願又はPCT出願の段階からこの事情を十分に計算して出願書面に反映させ、かつ、予算面の手当てを確実にしておくことが重要に思われます。