米国最高裁のAlice判決(2014年6月)は、Alice Corporationという金融サービス会社と、CLS Bank Internationalという外国為替の取引銀行の間の特許侵害をめぐる争いに対する判決です。係争の対象になったAlice Corporationの4件の特許のうち、代表的なものとされたクレームの趣旨は、大略次のようなものです。
・当事者間の債務のやり取りの方法であって、当事者はそれぞれ借方及び貸方の金額を記録しており、
・シャドウ(影)借方及びシャドウ貸方の記録を独立の第三者機関に持たせ、
・取引日の初めに、それぞれの借方及び貸方の記録を取り込んで、
・債務のやり取りの取引ごとに、シャドウ借方記録の値がシャドウ貸方記録の値を下回る結果にならない取引だけを許可するように第三者機関が調整し、
・取引日のおわりに、許可された取引に対応して債務をやりとりするように当事者の一方に対して指示する方法。
この方法は、デリバティブ(金融派生商品)取引におけるさまざまな決済リスク(例えば金利、株式インデックス、天候、等々)の影響を軽減する効果を狙ったものです。いわゆるビジネスモデル特許の範ちゅうに属しており、仮に日本で特許庁の審査を受けると、ソフトウェア発明の要件を満たさない(方法の実行を可能にするシステムやハードウェアの構成や動作が記載されていない)ために拒絶される可能性が高いと思われます。
米国では、特許法101条に照らして、このクレームの特許適格性が吟味されました。といっても特許法101条は、字面の上では、特許適格の発明(新しく有用なことを前提に)のカテゴリーが「方法(process)」、「機械(machine)」、「製造物(manufacture)」若しくは「組成物(composition of matter)」又は「新しくて有用なそれらの改良」であると述べているだけです。ところがこの101条は長年にわたり(150年にも及び)、次の3つ(の範囲内にとどまるもの)の特許適格性を認めないものと解釈されてきました。その3つとは、「自然法則(laws of nature)」、「自然現象(natural phenomena)」及び「抽象的アイディア(abstract idea)」です。これら3つについて特許適格性を認めない理由は、これらが特許発明として特定の個人又は企業の権利になってしまうと、権利者以外の個人や企業が自然法則などを用いた発明を実施することを妨げる(したがって、特許制度の本来の趣旨を損なう)と説明されるようです。
何が自然法則や抽象的アイディアの範囲にとどまるもので、何がそうでないか、明確な基準が示されているわけではありません。そこで、米国特許商標庁の定めるガイドラインも、結局のところ裁判例頼みになっています。例えば前述のAlice判決にあった「決済リスクの軽減」などを代表として、複数の裁判例から抽象的アイディアの例を挙げています。一方で自然法則や抽象的アイディアの範囲にとどまらない例としては、「ある種の数学的関係の演算を行うロボットアーム機構」、「自然由来の製品に言及しているがその権利を主張しないもの」例えば「自然なミネラル成分をコーティングした腰の補助具」などを挙げています。
例えば「抽象的アイディア」でいえば、ソフトウェアや数学的方法を応用するまともな科学的アプローチに基づく発明は、軒並みやり玉に挙げられる可能性があります。何が抽象的アイディアであって、どんな要素を加えれば特許適格になるのか、Alice判決の前後の裁判例が混乱している(ように見える)ことが米国特許商標庁(USPTO)の審査にも反映され、出願人にとってはなはだ困った事態になっています(米国の特許業界にとっては、手数料収入の機会が増えるので、悪いことだけではないでしょうが)。
USPTOの審査官に言わせれば、こういう状況下では、自然法則や抽象的アイディアの類ではないと明確にいえるものでない限り(例えば何らかの数学的関係を応用した発明など)、一見してパターンが類似するような裁判例を見つけてきて、自然法則や抽象的アイディアの類であるから不適格だという拒絶理由をまずぶつけるという対応になってしまうのは当然で、現にそうなっています(ただし、出願人の側の反論次第で、判断を覆すことは可能です)。
出願人の側としては、米国特許の(適格性をめぐる)審査の実情はそういう具合であることをあらかじめ知っておいて、適格性を認めない拒絶理由を予め想定し、補正や反論の少なくとも要点を準備しておくことが必要でしょう。